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へんなおとこ

変な男

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页

青空文庫

お母さんと今井さんとが大変です。早く……。」

中村はゆっくり背伸びをしてから起き上った。そして着物を着代えた。帯を結んでる所を、澄子に引張られて下りてきた。

辰代と今井とは、先刻のまま身動きもしないでいた。奥の室から流れ寄る薄暗い光に、中村はじろりとあたりの様子を見て、ぱっと電燈のねじをひねった。その明るい俄の光が、非常な効果を与えた。今井は夢からさめたように顔を挙げて、肩をすくめたが、それから寝間着の袖口で、猫板の上の涙を拭き取った。辰代も同じく夢からさめたように、手に握ってた庖丁に自ら気付いて、それを奥の室に投げやって、其処にぐたりと坐った。

「一体どうしたんです?」と中村は誰にともなく尋ねかけた。

誰も返辞をする者がなかった。いつもあんなにいきり立つ辰代が、その時に限って何とも云わないことから、中村は事の重大なのを見て取って、縁側の方へ身を避けた。澄子もついていって、彼の後ろに身をひそめた。幾匹も蚊が集ってきた。そしてひどく蒸し暑かった。中村は立上って雨戸を二三枚開いた。外にはもう白々と夜明けの光が漂っていた。中村は思い出したように欠伸をして、凉しい空気を胸深く吸い込んだ。