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へんなおとこ

変な男

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页

青空文庫

「どうしたんです、澄ちゃん!」

「今井さんが……私を……殺そうとするから……。」

「えっ、何ですって!」

しくしく泣出した澄子を放っておいて、辰代は蚊帳から匐い出した。そして台所の中に消えていった。澄子は泣きやめて、喫驚して起き上った。辰代は間もなく戻ってきて、足音を偸みながら玄関の室の襖に近寄り、そこにぴたりと身を寄せた。後ろ手にした右手に、庖丁を握りしめていた。暗薄い光りにも、ぴかりと光ったその刃先を認めて、澄子は夢中に飛びついていった。その気配に押し進められてか、辰代は澄子の手の届かないうちに、襖をさらりと引開けて、二三歩進んだ。澄子もその後に続いて駈け出た。玄関の火鉢の猫板によりかかって、今井が泣いていた。二人が飛び出したのにも顔を挙げないで、猫板の上を一杯涙で濡らしていた。

澄子は二人の姿を――髪を乱して庖丁を握りしめながらつっ立ってる辰代と、火鉢によりかかって涙を流している今井とを――見比べてみたが、ぞっと背中が冷くなって、奥の室に逃げ込みかけた。その足を俄に返して、二階の階段を駈け上った。そして中村を激しく揺り起した。

「来て頂戴よ、早く。