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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

雑草の中の水音が高い。竹林の先端が重く垂れ、その滴りの下で鯉が白い髭をぴんと上げて泳いでいる。

人が集るときは、必ず実行組合長兵衛門の悪口を云う。いつものことだが、このごろは特にそれが激しくなって来た。攻撃の仕方は千篇一律、よくあのように同じことを繰返し云えるものだと思うほどで、そのねばりっ気が恐ろしい。ねっちねちと、ぶつぶつと、官能さえ昏ますようだ。

「米を出せ出せと云って、皆出させ、村の者の喰う米をみなとり上げて置いて、名誉を一人で独占した。」とこういう。

これは一種の合唱にまでなっており、慰めでもあり、病的な愚痴の吐きどころだが、雨が降ると、かく愚痴が困苦の思い出とも変るらしい。ところが、この実行組合長兵衛門の母親という人は、こっそり私のところへ野菜をくれる。参右衛門の妻女の清江が、私たちの困っていることを自分の実家のこととて話したらしい。いつかここから味噌漬も貰ったことがある。その漬物の美味だったこと、私はこのような漬物を食べたことはまだなかった。村民総がかりの悪口の中から掘りあてた、見事な宝玉を味わう思いで私はこれを口中に入れ愉しんだ。