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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
薙刀でも使って来たように白鉢巻をしている。が、それも取ろうとせず、蓑を脱いで、びしょ濡れになった袖を戸口で絞り水をきっている。雨の中の稲刈で、腹帯まで水が沁みとおったらしい。覚えのない冷えた指を撫で撫で、上から脱いだ仕事着を一枚ずつ炉の上の棚へかけていく。
「こんな寒い稲刈は初めてだよ、ほら――」
子の前へ清江はかじかんだ手を見せてそう云うが、今日は、若いときの美しさも想像出来るなごやかな眼差で、いつもより嬉しそうだ。清江の後から主人の参右衛門も濡れて帰って来た。田へは殆ど出ない彼だが、何ぜだか彼も今日はにこにこ笑って這入って来る。
「芽出たいぞ、今日はうちの稲の中に鳥が巣をくっていた。卵もあったぞ。」
稲の中に鳥が巣を作ると家運の興隆するきっかけを意味して、このあたりの農家では羨望され、餅を搗いて祝うものだとの事だ。夜も参右衛門は来るものににこにこして炉端で鳥の巣の話をした。
「御苦労が報われたんでしょう。」と私の妻は云った。
「そうだと良いがの。」
「あなたの御苦労じゃありませんよ。小母さんのよ。」
「おれは苦労をかけた方かな。」
何を云われても参右衛門は嬉しそうだった。