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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
それがどちらも好調の様子で、仏の口という例の巫女からもこれは良縁と折紙がついて、彼の家はこのごろとみに色めき立っている。婿は新庄在の青年で牧場の種馬つけとかいう。大兵肥満の厚い唇の、この青年は、もう遠い新庄から汽車で来ており、久左衛門の家から一向に帰って行く様子もない。どちらも初めて見合いしてから日数もたたず、まだ結婚の決定さえ見ぬ今のうちから泊り込んでいる。一種不思議な縁談の進行だ。
「おせっちゃんは、この村一番の美人だと云うことですよ。」
と妻はあるとき私に云った。この末娘のせつは、由良の利枝の末の子と結婚する筈だったのに、それが沖縄戦で戦死して、これも日のたたぬ躊躇の折、責任を感じた利枝は自らすすんでこの新庄の婿との間を取りもった。せつは十九、ものに動じぬませた美しさのある娘で、父親に似ていてどこか冷たいリアリストの眼で、唇が赭く柔順だ。
「あの久左衛門の家は、いまに罰があたるのう。」
とは、村のものの云うことだが、理由は寺で参詣人に物を売って儲けたからだそうである。
十一月――日
今日は豪雨になった。橋は腹まで水に浸り、田も水底に見えず道路だけ、橋のように長く水上に浮いている。