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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
羽前水沢駅で降りて半里、私はここの鞍乗りの一箇所へ、炉のある部屋をひとつ自費で建てたくもなって来た。
九月――日
妻に部屋を建てる話をすると、私よりも乗り気である。しかし、ここでは、大工の賃金を米で支払わねばならぬとのことだ。それならも早や部屋も半ば断念した。野菜もこの村は自家の用を足すだけより作っていない。米作専門の農家ばかりで野菜を買うにはひと苦労である。魚は山越しの海から売りに来るが、米欲しさの漁夫たちの事故、先ず農家へ米と交換で売り、残りを私たちに持って来る。
ある朝、私が縁側で蚤を取っていると、裏からいきなり這入って来た農婦が、何やら意味の通じぬことを私に喋ったことがある。妻に翻訳させると、子供を白土工場へ入社させたいので、その履歴書を私に書いてくれという意味だった。その場で書いてやった返礼に、米一升をどさりと縁側に抛り出して農婦は帰っていったが、私の文筆が生活の資に役立ったのはこれが初めてだ。朝早く隣りから天作を誘う少年は私の書いた履歴書の主である。その声が寝床へ聞えると私も起きるようになった。またそこから野菜も頒けて貰えるようになったりした。