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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
十九で人生の悲しさを知った長男は、鼻緒を切らした足駄で、真暗な泥路を夜遅く帰って来てから、初めて月給を貰い、すぐ馘になった渋い辛さの表現の仕様がないらしい。
「悲しいかい。やっぱり。」と私は訊ねて笑った。
「そうだね、生徒と別れるのは、何んだか悲しいなア。教員室はいやだけど。」
「ちょっと、月給袋を見せた。」
羞しがって隠していた状袋を私は開くと、巻いた袋の重い底がずるずる下へ垂れてきて、中からしかつめらしい紙幣が出て来た。七十円ばかり入っている。
「沢山あるんだね。なかなか。」
「そう、宿直手当もあるんだよ。月給だけだと三十五円だけど。」
私は自分がある大学の教師をしていたとき、月給四十二円を貰った最初の日の貴重な瞬間のことを思い出した。あのときは、月給というものは金銭ではないと思ったが、長男の月給はなおさらだ。
「一回月給を貰って、忽ち馘とは、これはまた無常迅速なものだね。しかし、おれのときよりお前の方が多いから、豪いもんだ。」
私は嬉しくなったので妻に参右衛門の仏壇へ状袋を上げてくれと頼んだ。
「あたしもそう思っていたんですのよ。でも、ここのは他家のお仏壇でしょう。