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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

かまわないかしら。」

「どこでも同じさ。」

私はやはり死んだ父に最初の子供の月給は見せたくて、こんなときは誰もするようなことを、争われず自分もするものだなと思った。そのくせ自分が最初に貰ったときは、家に仏壇もあるのに帰途忽ち使ってしまったが、子供の月給となると、そうも簡単になりかねて、眼の向くところほくほくして来るのは、何とも知れぬ動物くさい喜びで気羞しいのは、これはまたどうしたことだろうか。

「お前は夜おそく毎日帰って来たからな。あの長い真暗な泥路よく帰れたもんだ。」

私はそんなことは云わないが、どうも内心絶えずそう云っているようで、ふとまた自分の父のことも思い出したりした。私の父も表面さも冷淡くさく何事も色に出したことはなかったが、私の二十五歳のとき、「南北」という作品を私が初めて「人間」へ出してもらって父に送ってみると、京城でそれを読んだ父は、嬉しさのあまりその晩脳溢血でころりと死んだ。私の「南北」は発表後さんざんな悪評で、一度でぺちゃんと私は叩き落された。以来私にとって「人間」は人生喜劇の道場となり、いまだにここは鬼門だが、鬼こそ仏と思うようになったのは、それから二十年も後のことである。