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やこうちゅう
夜光虫
織田 作之助
「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页
離れがたいと言っても、しかし、そんな深い仲になったわけではなかった。むしろ、小沢は夜どおし雪子に背中を向けて寝ていたのだ。
しかしそれがかえって、雪子の心を燃えさせたのだ。かつて男というものに動いたことのない心が不思議にいそいそと燃えたのである。
だから、ひたよりに小沢の帰りを待っていることが雪子の心を甘くゆすぶっていた。
しかし、小沢はなかなか帰って来なかった。
小沢は憂鬱だった。
が、しかし、小沢の憂欝は同時に大阪の憂鬱ではなかろうか。
まず小沢の憂鬱は――。
雪子をひとり残して、阿倍野橋の宿屋を出た小沢は、阿倍野橋から地下鉄に乗って、大阪駅まで行った。
そして、駅の東出口の横にある荷物の一時預け所へ行き、引換えのチケットを出そうとして、はじめてそれが無くなっていることに気がついた。
あわてて、あちこちポケットを……裏返しにまでしてみたが、ない。
「おかしい。落したのかな」
まさか掏られたとは思えなかった。
「チケットを落したんですが……」
と、小沢はもう探すことは諦めて、係員に言った。
「――チケットなしでも渡して貰えますか」
「渡せんな」
香車で歩を払うような、ぶっ切ら棒な返事だった。