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やこうちゅう

夜光虫

織田 作之助

「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页

青空文庫

だから、もう大阪の人々はたいていのことには驚かなくなってしまっている。

が、掏摸ときけば、やはり動揺があった。その動揺した人々の中で、最も動揺していたのは――。

亀吉だ!

「掏摸や、掏摸や!」

亀吉はきょとんとした表情で、人よりも大きな声を出して、叫んでいた。

実は、亀吉が仕事をしていたのではなかった。

「おれやないとしたら、どいつやろ!」

と、見廻した時、電車は動物園前に停った。

すると、一人の男がそわそわと降りた――かと思うと、復員姿の男がそのあとを追うようにして降りた。

その顔を見て、亀吉はおやっと眼を瞠った。

「あ、あの男だ」

小沢だったのだ。亀吉はあわててあとを追うた。

動物園前から阿倍野橋の方へゆるやかに登って行く、広いコンクリートの道――

小沢は足速やにそわそわと歩いて行く男のあとをつけて行きながら、

「今日はよく人を尾行する日だ」

と、苦笑していた。

阿倍野橋で降りる筈だったのを、わざわざ動物園前で降りたのは、無論その男が降りたからだった。

「怪しい!」

と、思ったのである。

もっとも、その男が地下鉄の中で掏ったところを目撃したわけではない。