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やこうちゅう

夜光虫

織田 作之助

「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页

青空文庫

二人の職場へ、一人の少女が黙々として近づいて来た。

黙々として――といったのは、実は、その少女は唖なのだ。

読者には、もはや明瞭だろう。――梅田の闇市場の食堂から、怪しげな刺青の男に連れ出された例の唖の娘だ。

彼女はそっとあたりを見廻すと、素早く罐の中へ手を突っ込んだ。

そして今日一日の次郎、三郎の儲けの金を鷲掴みにしたが、瞬間びっくりしたように飛び上ると、ブルブルふるえる手で、その金を罐の中へ戻した。

そして、暫らくふるえながら佇んでいたが、思い切ったように、もう一度手を突込んだ。

やはり手がふるえた。が、こんどは札束を掴んだ途端、彼女はうしろも見ずに、ぱっと逃げ出した。

歯がカチカチと鳴った。ふるえが停らぬのだ。

そのまま、鴈治郎横丁まで逃げて来た時、

「ちょっとお待ち!」

と、いきなり、肩を掴まれた。

「…………」

ぎょっとして振り向いた。

肩を掴んだのは「ヒンブルのお加代」――またの名「兵古帯のお加代」だ。

相変らず前髪を垂らし、薄暗がりで黒色に見えるが、兵古帯の色はいつも紫だ。

「う、う、う……」

うめくような、恐怖の声を、唖娘は痩せた喉から絞り出した。