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やこうちゅう
夜光虫
織田 作之助
「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页
「…………」
「兄ちゃん、掏摸になって、わいに兄ちゃんの靴みがかして、二人前の金払ってくれて、ハナヤおごってくれたら、ええなア。兄ちゃん、掏摸になりイ」
「ふーん」
次郎は子供のくせに腕組みをして考えたが、やがて、
「――いや、やっぱし止めとこ。掏摸テええことと違う。強盗と同じこっちゃさかいな」
そう言った時、次郎ははっと眼を輝かせた。
自分の眼の前を、追われるように夢中で駆けて行く男の姿を見たのだ。
豹吉だった。
「あッ、掏摸さんだッ!」
次郎は思わず叫んだ。咄嗟に亀吉から頼まれたことづけを思い出した。
そして、三郎と一緒に、
「掏摸さん、掏摸さん、兄貴、兄貴!」
と呼びとめようとした。
もっとも、亀吉からのことづけがなかったとしても呼びとめたに違いない。
なつかしかったのだ。ハナヤの事が忘れられぬのだ。
しかし、豹吉は立ち停ろうとしなかった。
警官に追われていたのだ。
次郎と三郎は、商売道具を放ったらかしてあとを追うた。
必死になって逃げ行くあとを必死になって、どこまでも追うていった。
ところが、その留守中……
職場――という言葉は、かつて我々に使い古されて、汚れた豆債券のような感じがして、いやなのだが、ほかに適当な言葉はないし、次郎、三郎にとってもまさしく職場であるから、職場ということにするが……。