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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
早く食事を済ました夕方のことだ。付近の村々へは秋の祭礼の季節も来ていた。
「お父さんが病気してから、もう百四十日の余になりますものね。」
半蔵は試みに、自分の前にさし出された父の足をなでて見た。健脚でこの街道を奔走したころの父の筋肉はどこへ行ったかというようになった。発病の当時、どっと床についたぎり、五十日あまりも安静にしていたあげくの人だ。堅く隆起していたような足の「ふくらっぱぎ」も今は子供のそれのように柔らかい。
「ひどいものじゃないか。」と吉左衛門は自分の足をしまいながら言った。「人が中気すると、右か左か、どっちかをやられると聞いてるが、おれは右の方をやられた。そう言えば、おれは耳まで右の方が遠くなったようだぞ。」と笑って、気を変えて、「しかし、きょうはめずらしくよい気持ちだ。おれは金兵衛さんのところへお風呂でももらいに行って来る。」
これほど父の元気づいたことは、ひどく半蔵をよろこばせた。
「お父さん、わたしも一緒に行きましょう。」
と彼もたち上がった。
この親子の胸には、江戸の道中奉行所の方から来た達しのことが往来していた。かねてうわさには上っていたが、いよいよ諸大名が参覲交代制度の変革も事実となって来た。