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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

二

二

山里へは春の来ることもおそい。毎年旧暦の三月に、恵那山脈の雪も溶けはじめるころになると、にわかに人の往来も多い。中津川の商人は奥筋(三留野、上松、福島から奈良井辺までをさす)への諸勘定を兼ねて、ぽつぽつ隣の国から登って来る。伊那の谷の方からは飯田の在のものが祭礼の衣裳なぞを借りにやって来る。太神楽もはいり込む。伊勢へ、津島へ、金毘羅へ、あるいは善光寺への参詣もそのころから始まって、それらの団体をつくって通る旅人の群れの動きがこの街道に活気をそそぎ入れる。

西の領地よりする参覲交代の大小の諸大名、日光への例幣使、大坂の奉行や御加番衆などはここを通行した。吉左衛門なり金兵衛なりは他の宿役人を誘い合わせ、羽織に無刀、扇子をさして、西の宿境までそれらの一行をうやうやしく出迎える。そして東は陣場か、峠の上まで見送る。宿から宿への継立てと言えば、人足や馬の世話から荷物の扱いまで、一通行あるごとに宿役人としての心づかいもかなり多い。多人数の宿泊、もしくはお小休みの用意も忘れてはならなかった。水戸の御茶壺、公儀の御鷹方をも、こんなふうにして迎える。しかしそれらは普通の場合である。