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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
「オヤ、お帰りでございますか。さぞお疲れでございましょう。」
禰宜の細君は半蔵を見て声をかけた。山登りの多くの人を扱い慣れていて、いろいろ彼をいたわってくれるのもこの細君だ。
「御参籠のあとでは、皆さまが食べ物に気をつけますよ。こんな山家で何もございませんけれど、芹粥を造って置きました。落とし味噌にして焚いて見ました。これが一番さっぱりしてよいかと思いますが、召し上がって見てください。」
こんなことを言って、芹の香のする粥なぞを勧めてくれるのもこの細君だ。
温暖い雨はしとしと降り続いていた。その一日はせめて王滝に逗留せよ、風呂にでもはいってからだを休めて行けという禰宜の言葉も、半蔵にはうれしかった。
「へい。床屋でございます。御用はこちらでございますか。」
宿の人に呼んでもらった村の髪結いが油じみた台箱をさげながら半蔵の部屋にはいって来た。ぐっすり半日ほど眠ったあとで、半蔵は参籠に乱れた髪を結い直してもらった。元結に締められた頭には力が出た。気もはっきりして来た。そばにいる勝重を相手に、いろいろ将来の身の上の話なぞまで出るのも、こうした静かな禰宜の家なればこそだ。