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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

三

伊那の谷からの通路にあたる権兵衛街道の方には、馬の振る鈴音に調子を合わせるような馬子唄が起こって、米をつけた馬匹の群れがこの木曾街道に続くのも、そういう時だ。

三

山の中の深さを思わせるようなものが、この村の周囲には数知れずあった。林には鹿も住んでいた。あの用心深い獣は村の東南を流れる細い下坂川について、よくそこへ水を飲みに降りて来た。

古い歴史のある御坂越をも、ここから恵那山脈の方に望むことができる。大宝の昔に初めて開かれた木曾路とは、実はその御坂を越えたものであるという。その御坂越から幾つかの谷を隔てた恵那山のすその方には、霧が原の高原もひらけていて、そこにはまた古代の牧場の跡が遠くかすかに光っている。

この山の中だ。時には荒くれた猪が人家の並ぶ街道にまで飛び出す。塩沢というところから出て来た猪は、宿はずれの陣場から薬師堂の前を通り、それから村の舞台の方をあばれ回って、馬場へ突進したことがある。それ猪だと言って、皆々鉄砲などを持ち出して騒いだが、日暮れになってその行くえもわからなかった。この勢いのいい獣に比べると、向山から鹿の飛び出した時は、石屋の坂の方へ行き、七回りの藪へはいった。