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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
の大業を成就したのもそういう義公であり、僧の契沖をして『万葉代匠記』をえらばしめたのもこれまた同じ人であることを想像し、その想像を儒仏の道がまだこの国に渡って来ない以前のまじりけのない時代にまでよく持って行った。彼が自分の領主を思う心は、当時の水戸の青年がその領主を思う心に似ていた。
その日、半蔵は店座敷にこもって、この深い山の中に住むさみしさの前に頭をたれた。障子の外には、塀に近い松の枝をすべる雪の音がする。それが恐ろしい響きを立てて庭の上に落ちる。街道から聞こえて来る人馬の足音も、絶えたかと思うとまた続いた。
「こんな山の中にばかり引っ込んでいると、なんだかおれは気でも違いそうだ。みんな、のんきなことを言ってるが、そんな時世じゃない。」
と考えた。
そこへお民が来た。お民はまだ十八の春を迎えたばかり、妻籠本陣への里帰りを済ましたころから眉を剃り落としていて、いくらか顔のかたちはちがったが、動作は一層生き生きとして来た。
「あなたの好きなねぶ茶をいれて来ました。あなたはまた、何をそんなに考えておいでなさるの。」
とお民がきいた。ねぶ茶とは山家で手造りにする飲料である。