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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

手織り縞でこそあれ、当時の風俗のように割合に長くひいた裾の着物は彼女に似合って見える。剃り落とした眉のあとも、青々として女らしい。半蔵の心をよろこばせたのは、ことにお民の手だ。この雪に燃えているようなその娘らしい手だ。彼は妻と二人ぎりでいて、その手に見入るのを楽しみに思った。

実に突然に、お民は夫のそばですすり泣きを始めた。

「ほら、あなたはよくそう言うじゃありませんか。わたしに学問の話なぞをしても、ちっともわけがわからんなんて。そりゃ、あのお母さん(姑、おまん)のまねはわたしにはできない。今まで、妻籠の方で、だれもわたしに教えてくれる人はなかったんですもの。」

「お前は機でも織っていてくれれば、それでいいよ。」

お民は容易にすすり泣きをやめなかった。半蔵は思いがけない涙を聞きつけたというふうに、そばへ寄って妻をいたわろうとすると、

「教えて。」

と言いながら、しばらくお民は夫の膝に顔をうずめていた。

ちょうど本陣では隠居が病みついているころであった。あの婆さんももう老衰の極度にあった。

「おい、お民、お前は祖母さんをよく看てくれよ。」

と言って、やがて半蔵は隠居の臥ている部屋の方へお民を送り、自分でも気を取り直した。