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ゆめのさつじん

夢の殺人

浜尾 四郎

「新青年」1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,670 字 · 26 页

青空文庫

けれど、遊興もしなければ大酒も呑まぬ藤次郎が、真剣の恋を感じ始めたのは亦決して不思議なことではない。彼も人間である。而も未だうら若い青年である。

その恋の相手は矢張り同じレストランに八ヶ月程前から勤めている美代子という若い女だった。美代子はN亭に来る迄、可なり多くの店をまわって来た。しかし、藤次郎のような真面目な、有望なコックには未だどこでも会ったことはなかった。

藤次郎は美代子がN亭に来てから間もなくひそかに恋し始めた。そうしてだんだん彼女を思いつめて行った。けれども彼が彼女にはっきりと心の中を打ち明ける迄には相当の時がかかった。無論誰しも斯ういう気持をそうたやすく言いだせるものではない。然し真面目で一本気な彼の場合には特に愛の発表は難事であった。

やっとの思いで恋を打ち明けた時、藤次郎は、こんなことならもっと早く云うんだったと感じた。それ程、美代子は、簡単に而もはっきりと、彼にとって甚だ有難い返事をしてくれたのである。彼は有頂天になった。彼女と同じ家にいることが勿体ないような気がして来た。彼は一寸のすきにでも彼女と語って居たかった。彼は勿論主人や他の女給などのいない時を狙っては美代子と語った。