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ゆめはよびかわす

夢は呼び交す

蒲原 有明

――黙子覚書――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,126 字 · 210 页

青空文庫

おなじ動作が幾たびか繰り返される。雲霧は或る所まで来ると、必ずその所で滅えるのである。滅えて滅えて、そのあとがほんのりと明るくなる。

これは瑞兆だ。小さな魂が新しい肉体に宿って現われて来るには、またとない潮時である。生れて来る子のために祝ってやれば、たったこれだけのことでも、瑞兆といっても好い。その外に何一つ変ったことも起ってはいないからである。

もやもやとした雲霧の渦流する中に、一点でも明るいところが示されたこと、そのことを空漠たる回想を辿って読み取っていた時、果して、その時その家で、平凡な子供が一人生れ落ちた。鶴見は今それを思い出して、こそばゆいような気持になる。どこかに暗愚の痣でもくっつけてはいなかったかと、無意識に、首筋のあたりを撫で廻している。生れて来たのは、実は、鶴見自身なのである。

出生した子供はひよわらしい。どうせ娑婆塞ぎであろうが、それでも産声だけは確に挙げた。持前の高笑いは早くもその時に萌していたものと見える。明治八年三月十五日の事である。ただし生れた時間は分らない。

鶴見はそれを憾みとして、繰り展げた回想の頁の上に幽かな光のさしている一点を、指さきでしっかり押えた。