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ゆめはよびかわす

夢は呼び交す

蒲原 有明

――黙子覚書――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,126 字 · 210 页

青空文庫

女は激しい痙攣でも起したかのように、顫える手にいきなり鶴見の見ていた本を取り上げて、引き破って、座敷の隅に放りやった。

鶴見は女の行為に全く呆気にとられてしまって、咄嗟に言句も出ない。それから後どうしたかも知らない。それでいてその折読みさしていた書中の条下はよく覚えている。その一章には「人火天火」という小みだしがある。それがはっきりと思い出される。

この書の訳者は老母に読ませたい一心から活字をわざわざ四号にして、文章の段落に空白を置かず、追い込みに組んで印刷させた。活字を大きくしたために増加する頁数を節減しようとしたのである。そういうことがその本のどこかに断ってあった。

鶴見は訳者の孝道に感じ入った。それに対してかれの為すところは浅ましいかぎりである。かれはいよいよ慚愧した。

そういうことが一転機となって、鶴見は気を楽にした。それでもなお惰性になった性慾をかれはきっぱり打切りもせずにつづけていった。

女がこんなことをいった。「あなたのお父さんね、あんなむずかしい顔をしておいでだが、一度こんなことがあったの。」

鶴見は女の言葉に毒のあるのを悟った。