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むゆうびょうしゃのし

夢遊病者の死

江戸川 乱歩

「苦楽」プラトン社、1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,121 字 · 22 页

青空文庫

そして、その時彼の側に坐った眉の濃い一人の芸妓の姿や、その声音や、いろいろの艶しい仕草が、浮ぶのである。

「ところで、何んだっけ。ああそうそう十万円だな。だが一体全体そんな金がどこにあるのだ。エッくそ、死んじまえ、死んじまえ、死んじまえ……」

そして、又してもゴツンゴツンと、文鎮で机の上を殴るのである。

彼がそんなことを繰返している所へ、いつの間にか電燈がついて、父親が帰って来た。

「今帰ったよ。やれやれよく降ることだ」

近頃では、その声を聞くと彼はゾーッと寒気を感じるのだ。

父親は雨で汚れた靴の始末をして了うと、やれやれという恰好で四畳半の貧弱な長火鉢の前に坐って、濡れた紺の詰襟の上衣を脱いで、クレップシャツ一枚になり、ズボンのポケットから取出した、真鍮のなたまめ煙管で、まず一服するのであった。

「彦太郎、何か煮て置いたかい」

彼は父親から炊事係を命ぜられていたのだけれど、殆どそれを実行しないのだった。朝などでも、父親がブツブツ云いながら、自分で釜の下を焚きつける日が多かった。今日とても、無論何の用意もしてないのである。

「オイ、なぜ黙っとるんだ。オヤオヤ湯も沸いていないじゃないか。