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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

23 他生の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页

青空文庫

天気がよいのに、秋がすでに闌わという時ですから、多摩川をさしはさんだ両岸の山々谷々が錦のようになっています。

大菩薩へ通ずるこの街道。お松には思い出の多いところ。

万年橋の上ではたちどまって、川の流れを見下ろしました。

橋の袂で逢った夫婦連れの巡礼。お松はその姿をなつかしくながめて、

「どちらからおいでになりました」

「上方から大菩薩越えをして参りました」

「大菩薩峠の上は、もう雪でしょうね」

「いいえ、まだ雪はございませんでしたが、ずいぶん寒うございました」

「紅葉はどうでした」

「麓がこんなにあかいくらいですから、峠の上はもう冬でございます」

「そうですか、お大切に」

それだけの問答で別れる。

海抜六千尺の峠の頂に、吹雪よりも怖いものはいなかったか、それまではきかず。

向うの村へ渡って、改めて沢井を見渡すと、山巒の中腹に塀をめぐらした机の家は、さながら城廓のように見える。

お松は秋の情景をほしいままにして、山と畑との勾配ゆるやかな道を歩みました。

と見れば、道ばたの芝の上に置かれた剣術の道具一組。袋に入れた竹刀につらぬかれたまま置捨てられて、人は見えない。