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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
30 畜生谷の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,962 字 · 145 页
「はい、夫なるものは死に失せまして、後家を立てておりましたが、いやはやどうも、箸にも棒にもかからぬ淫婆でござりまして……」
「おお、そうか、女主人であったのか」
「はい」
しかしながら、女主人であるが故によいとも、悪いとも言わず、碁の手が難局になったと見えて、そこで貴公子は沈黙してしまいました。せっかく、ここまで話をすすめた用人は、その結論が聞かれないので、がっかりしたが、やっと少しばかり膝をにじらせて、
「左様な不所存者の非業の死体をこのところに引取り、御座元間近を汚すことは、恐れ入った儀でござりまする、さりとて、当人の死体のために席を貸すという家は一軒もござりませぬ、よって、この不浄の家を……」
「待て、待て」
貴公子は石をパチリと落し、
「そのほうは、よく不浄の家、不浄の家と申したがるが、わしがいる間は、この家の主人じゃ、不浄呼ばわりは聞き苦しいぞ」
「恐れ入りました」
「いったい、その非業の死を遂げたという婦人、この家の女主人というのは、いかなる死に様をしたのじゃ」
「はい、水死をいたしました」
「水死――水に落ちて死んだのか」
「はい」
「このあたりには、落ちて死ぬほどの水たまりは無いではないか」