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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

37 恐山の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页

青空文庫

お銀様の覆面は、一時流行したお高祖頭巾といったあれなのです。黒縮緬を釣合いよく切らせて、上手に巻いている。寝るから起きるまでの間、お銀様の面から覆面のとれたのを見たものはほとんどない。ことによるとこの人は寝る間もなお、この頭巾を取らないのかも知れない。この人は、母の胎内から頭巾を被って生れ出たのではないかと疑う人さえあるかも知れない。

お銀様が、今は燈火に面をそむけて、しなやかな手を首筋に当てて、おもむろに頭巾を解きにかかりました。多分、あの辺に手をやるからには、頭巾の結び目をさわるために相違ない。そういうしぐさをしながら、

「いかがです、今晩は収穫がございましたか」

と、次なる部屋の方へ、水の滴るように穏かな声でといかけました。

「ははは」

と、隣からは軽く、笑うでもなく、さげすむでもない返事。続いて、

「駄目だ――」

七十一

「いけませんでしたか」

とお銀様の声――まだ頭巾は外していないのです。

「いけないね、犬が邪魔をして」

と、これは隣室の返事。そうすると透かさずお銀様が、

「そうでしょうとも、昨夜からの犬のなき声が変だと思いました」

「変だ、変だよ、どうも犬が……」