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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
37 恐山の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页
百八十四
米友は仰山な驚き方をしたけれども、その理由はわからないにしても、よし敵を見たからといって、そのまま退倒するような男ではない。
忽ち棹を取直して、真一文字に、その釣する浪人の方へ向って漕ぎよせて行きました。
そうすると、先方も、はじめて気がついたと見えて、編笠をかたげて、こなたを見ました。こなたの驚いたのに比較して、先方ははなはだ悠長なものでありました。
一旦、編笠をかたげてこちらを見たが、やがて、もとの通りに面を伏せて、無心な垂綸三昧の境地を取戻している様子です。
そこで米友は、程近いところへ漕ぎ寄せると共に、いっちかばっちか、舟から飛び上って、そうして、何はともあれ、まっしぐらに右の垂綸の浪人の座元まで走せつけて行ったものです。
それは、釣魚三昧に耽る境地の人にとっては、かなり迷惑なことであったでしょう。釣は釣る人の心を統一すると共に、釣られる魚の心を集中しなければならぬ。せっかくのところを、こうどたばたと駆けつけられては、釣る人の迷惑察するに余りあるが、その人は、極めて寛大に、米友の走りつけるのを待っている。
「済まねえ、どうも済まねえが、お前さんが留守だったもんだから、つい、な、つい、黙って、あの舟を借りちまったんだよ」