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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
34 白雲の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页
外で見ては、ちっともわからないけれど、神尾の頭の中では、幼少の時代の自分と母との世界が、まざまざと展開している。母を想像する裏には、どうしても父というものが浮んで来なければならぬ。
自分の父というものは、ぐうたらで、のんだくれで、のぼせ者で、人から煽てられれば、財産に糸目をつけなかった。どうにもこうにも手のつけられないどうらく者であったということは、自分も人伝によく聞かせられて、事実そうだと信じている。その父に輪をかけて悪辣になったのが、この自分だということをも、自分ながら相当承認している。人の噂から言っても、自分の印象から言っても、わが父なる者は、やくざ旗本の標本であったに相違ないとして、母は、それとは全く異った賢婦人であったということは、世間の通評であり、自分もあえてそれを否定しようとはしないが、よくよく考え直してみると、その信念がぐらつく。わが母は果して、父と全く打って変った良妻賢婦であったろうか、父が箸にも棒にもかからない欠陥のすべてを、母が埋合わせて、持ち合せていたように信じてよいものだろうか。
少なくとも、母がそれほどの賢婦人であったなら、この現在のおれというものを、こんなに仕立てないでも済んだのではないか。