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てんぐ
天狗
大坪 砂男
「宝石 七、八月合併号」岩谷書店、1948(昭和23)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页
と諭した記憶が潜在力を張ってもいたのだろう。残された蕎麦は泣くが饂飩は泣かないなぞ不合理極まるものだと認識できる前に植えられてしまった観念の未処理が、こうした形で現れたことは遺憾に耐えない。
その夜の明け方、苦痛に目覚め、雨戸の隙から陽の射し入る廊下を蝦のように背を丸めて走ったのは、まさしく劇しい大腸の蠕動のなせる必然的結果であり、それは蕎麦に起因し、蕎麦はそもそもこの温泉場に現れた以上、免れざる宿命であった。
厠牀の板戸を排するに及んで俄然! 喬子の正に洋褌を着了した刹那に咫尺した。
「まあ! 失礼な!」
この喬子の発声に対して充分慎重な吟味が加えられなければならない。
順序としてノックしなかったことから弁明すれば、(一)悠然と落着き払ってその場に臨んだのではない。事は至急を要したのだ。(二)かかる早朝に先人があるだろうかと疑う者があればそれこそ異常過敏症と診断されるべきである。(三)戸外に草履・スリッパの類は置いてなかった。
さらに、喬子の側に就いて言えば、(一)内側の掛金が毀れている右室を選ばず、左に這入っていたならば厳重な戸締の下に安全だった。