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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

でも彼は夢中になって這い上る。その時に突然足元の方で蛙共が、

「鮮人!」

「鮮人!」

と騒ぎ出したように聞えたのである。彼は怯えたようにいきなり耳を塞いで逃げ出しながら叫んだ。

「鮮人じゃねえ!」

「鮮人じゃねえ!」

彼は朝鮮人であるがための今日の悲劇から胴ぶるいしてでも逃れたかったのであろう。ところが突然彼の鼓膜が轟音を立てて爆発したように思われたが、不思議にも先の蛙共の音は消え失せ、何かしら急に辺り一面から不思議な音が聞え出した。それがだんだんと複雑に大きくはっきりと聞えて来る。いつの間にかもう何千何万の人々が唱え合ってでもいるような、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経という念仏が、太鼓や木魚の音にのって海のように彼の周囲に拡がってしまった。彼はその中を恰も泳ぎもがきながら救いを求めるように慌てふためきつつ徨い廻った。だが迷路は思いのままにぐるぐると筋を引いているので、どんなに歩けど歩けど果しがない。混乱の中ではあるとはいえ、玄竜は極度の焦躁に追いたてられて、あー坊主共のお経や念仏が一斉に僕を呪って追い廻しやがるぞと叫びつつめちゃめちゃに走った。それで躓いてどさりと倒れることもある。