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きだんクラブ〔せんごばん〕

奇談クラブ〔戦後版〕

野村 胡堂

12 乞食志願

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,681 字 · 22 页

青空文庫

「馴れないものですから、――こんなに」

忠弘の前に差出して、パッと開いた女の両掌は、ひどい血まめで痛々しく脹れ上って居ります。

「痛いだろうな」

「気が張っておりますから、大したことはございません、――でもいい按排でございました。今頃まで愚図愚図していたら、どんな事になったかわかりません」

女はそういって、思い出したように、潜り抜けて来た焔の壁――江戸を焼き立てている紅蓮の劫火を顧みて、そっと衿をかき合わせるのです。

丁度緩い引き汐で、舟は放って置いても静かに永代の方へ流れております。水の面一パイの避難船ですが、まださすがにこの辺までは燃え拡がらず、明日の運命を知らぬ江戸の町人達は、さすが不安にさいなまれながらも日本橋、築地あたりは、まだ立退きの支度もしてはおりません。

「御夕食はお済みでございますか」

女は何やら風呂敷を解きながら、忠弘に訊ねました。

「いや、昼の食事もしなかった」

出火のドサクサに紛れて、忠弘は昼の膳も取らなかったのです。

「兄の弁当がございます、召し上っては下さいませんか、精一杯綺麗に作った積りですが」

女は風呂敷の中から、二つ重ねの小さい重箱を出して上の一つを伊予守忠弘にすすめるのでした。