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じょなん

女難

国木田 独歩

「文藝界」1903(明治36)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,695 字 · 45 页

青空文庫

でありますから、私も眼の前にお幸を突きつけられて、その兄から代って口説かれましては女難なぞを思うことができなかったのです。それに気の弱い私ですから、よしんば危いことと気がつきましたところで、とてもあの場合、武とお幸を振りきって逃げて帰るというような思いきった所作は私にはできないのでございました。

その後は私も二晩置きか三晩置きには必ずお幸のもとに通いましたが、ごく内証にしていましたから、誰も気がつきませんでした。それに兄の武之允が何かにつけてかばってくれますし、また武の女房も初めからよく事情を知っていて、やはり武と同じようにお幸と私の仲をうまくゆくようにのみ骨を折ってくれましたので私も武の家ではおおびらで遊んだものでございます。

二人の仲は武の夫婦から時々冷かされるほど好うございました。かれこれするうち二月三月も経ち、忘れもしません六月七日の晩のことです。夜の八時ごろ、私はいつものようにお幸のもとに参りますと、この晩は宵から天気模様が怪しかったのが十時ごろには降りだして参りました。大降りにならぬうち、帰ろうと言い出しますと、お幸と武の女房が止めて帰しません、武は不在でございましたが、今に帰るだろうから帰ったら橋まで送らすからと申しますのでしばらくぐずぐずしていますと、武が帰って参りました。