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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

酒を飲んでるうちに、悲しいのか口惜しいのか分らなくなってきた。

「ねえ、今晩どこかへ連れていって。そしてうんと飲まして。」

つい寄りかかってゆくような気持ちになるのを、踏みこたえて、唇を噛みしめた。

けれど、やはり持ちこたえられなかった。自動車をひろって、高木さんの知り合いの特殊旅館へ行き酒を飲んでるうちに、わたしは泣き崩れてしまったのである。

「わたし、あなたを愛してなんかいません。ただ憎いだけ、ただ憎いだけ。」

そんなことを、頭を振りながら言っていると、なお涙が出て来た。

「わたしなんか、あなたにとっては、どうせ、飼い猫みたいなものでしょうよ。わたしがどうなろうと、あなたは平気でしょう。だけど、わたしだって、魂はあります。あんまり見くびりなさると、ただじゃ置かないから……。」

高木さんが菊ちゃんのことを言い出したのでわたしはなお口惜しくなった。菊ちゃんのことなんかじゃないのだ。菊ちゃんの話なんか、わたしの差金によるのだし、また、帯一筋ぐらいなんとも思ってやしない。わたし自身、いつもいつも高木さんから無視されてるのが、癪にさわるのだ。

それでもやはり、高木さんは眼で笑いながら、平然として、わたしにお酌をし、自分は手酌で飲んでいた。