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おばすて
姨捨
堀 辰雄
「文藝春秋」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,351 字 · 20 页
そのうち話もと絶えがちになって、二人は黙って空をじっと仰いでいた。
「このまま私がすうと飛び失せて、ゆくえ知れずになってしまったら、どうだろうか知ら」姉が出し抜けにそんな事を口にした。
少女はおそろしそうに顔を伏せた。穉い頃、死んだ乳母から聞かされた、女が一人ぎりで長いこと月に照らされていると物に憑かれるなんぞと云う話を急に思い出したからだった。姉はそういう少女に気がつくと、わざとらしく笑いながら、何か外の事に云いまぎらわせようとした。が、少女はすっかり怯え切って、いつまでも顔を袖にしていた。
程経て、隣りの家の前に男車らしいものの駐まる音がした。そうして「荻の葉、おぎの葉」と呼ばせているのが手にとるように聞えて来た。が、隣家からは誰もそれに返事をしないらしかった。とうとう男は呼びわずらったらしく、こん度は笛をおもしろく吹き出した。
姉妹は思わず目を見合せて、ようやく明るい微笑を交しながら、なおも息をつまらせて耳を欹てていた。しかし、隣家からは、相不変、なんの返事も無いらしかった。男はとうとう、笛を吹き吹き、その家の前を通り過ぎて往った。――
互に慰めもし、慰められもしたそんな一人の姉が、佗びしい仮住の家で、二番目の子を生んで亡くなったのは、それから間のない事だった。