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むすめ
娘
岡本 かの子
「婦人公論」1939(昭和14)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,846 字 · 16 页
室子は茶の芽生えに萌黄色になりかけの堤を見乍ら「いまにあの小さい蓑吉が、桜餅の籠を提げて帰って来る――」と水の上で考えている。小さい足はよろめいて、二三度可愛ゆい下駄の音を立てるだろう。あまり往来の多くないこの渡船に乗客は、ひょっとしたら蓑吉一人かも知れない。蓑吉は一人使いの手柄を早く姉に誇ろうと気負い込み、一心に顔を緊張させ、眼は寮の方ばかり見詰めるだろう。そして船頭に渡賃を云われて小銭を船頭の掌に渡すあの子は、もう一度船頭の掌の中の小銭を覗き込むだろう。あの子は多少ケチな性分だから――丁度その頃を見計らって、自分が知らん顔をして、艇を渡船と平行に、すいすい持って行く。それを発見したときの蓑吉の愕きと悦びはどんなだろう。あの「小さき者」は何というだろう。
こんな子供っぽいことに、最大の情熱を持つ今の自分は、普通の女の情緒を、スポーツや勝負の激しさで擦り切ってしまったのかしらん。
だが、何にしても子供は可愛ゆい。男は兎に角、子供だけは持ち度いものだ――室子は、流れの鴎の翼と同じ律に櫂をフェーザーしては蓑吉を待っていた。
堤を見詰めている室子の狭めた視野にも、一艘のスカールが不自然な角度で自分の艇に近付いて来たことを感じた。