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おんなけいず

婦系図

泉 鏡花

「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页

青空文庫

「もう帰るの?」

と先へ声を懸けられて、わずかに顔を上げてお妙を見たが、この時の俤は、主税が世を終るまで、忘れまじきものであった。

机に向った横坐りに、やや乱れたか衣紋を気にして、手でちょいちょいと掻合わせるのが、何やら薄寒そうで風采も沈んだのに、唇が真黒だったは、杜若を描く墨の、紫の雫を含んだのであろう、艶に媚めかしく、且つ寂しく、翌日の朝は結う筈の後れ毛さえ、眉を掠めてはらはらと、白き牡丹の花片に心の影のたたずまえる。

「お嬢さん。」

「…………」

「御機嫌宜う。」

「貴下も。」とただ一言、無量の情が籠ったのである。

靴を穿いて格子を出るのを、お妙は洋燈を背にして、框の障子に掴まって、熟と覗くように見送りながら、

「さようなら。」

と勢よく云ったが、快く別れを告げたのではなく、学校の帰りに、どこかで朋達と別れる時のように、かかる折にはこう云うものと、規則で口へ出たのらしい。

格子の外にちらちらした、主税の姿が、まるで見えなくなったと思うと、お妙は拗ねた状に顔だけを障子で隠して、そのつかまった縁を、するする二三度、烈しく掌で擦ったが、背を捻って、切なそうに身を曲げて、遠い所のように、つい襖の彼方の茶の間を覗くと、長火鉢の傍の釣洋燈の下に、ものの本にも実際にも、約束通りの女中の有様。