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おんなけいず

婦系図

泉 鏡花

「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页

青空文庫

鼠かと思ったそうで、斜に棚の上を見遣ったが、鍋も重箱もかたりとも云わず、古新聞がまたがさりともせぬ。

四辺を見ながら、うっかり酸漿に歯が触る。とその幽な音にも直ちに応じて、コロコロ。少し心着いて、続けざまに吹いて見れば、透かさずクウクウ、調子を合わせる。

聞き定めて、

「おや、」と云って、一段下流の板敷へ下りると、お源と云う女中が、今しがたここから駈け出して、玄関の来客を取次いだ草履が一ツ。ぞんざいに黒い裏を見せて引くり返っているのを、白い指でちょいと直し、素足に引懸け、がたり腰障子を左へ開けると、十時過ぎの太陽が、向うの井戸端の、柳の上から斜っかけに、遍く射込んで、俎の上に揃えた、菠薐草の根を、紅に照らしたばかり。

多分はそれだろう、口真似をするのは、と当りをつけた御用聞きの酒屋の小僧は、どこにも隠れているのではなかった。

眉を顰めながら、その癖恍惚した、迫らない顔色で、今度は口ずさむと言うよりもわざと試みにククと舌の尖で音を入れる。響に応じて、コロコロと行ったが、こっちは一吹きで控えたのに、先方は発奮んだと見えて、コロコロコロ。

これを聞いて、屈んで、板へ敷く半纏の裙を掻取り、膝に挟んだ下交の褄を内端に、障子腰から肩を乗出すようにして、つい目の前の、下水の溜りに目を着けた。