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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

瀬戸は他のことを尋ねた。

「お前は依子を引取ることを、大変急いでるというじゃないか。」

「ええ。変な風に話がこじれるといけませんから……。」

「然し案外だったろう、余りすらすらと運びすぎて。」

彼は返辞に迷って、何とも答えなかった。瀬戸もそれきり黙った。暫く行って坂を下りつくすと、瀬戸は俄に立ち止った。

「送ってくるのなら、もういいよ。それに、今晩は家でゆっくりした方がいいだろう。」

そう云いながら瀬戸は、中々歩き出そうとしなかった。彼も仕方なしに立っていた。やがて瀬戸はこう云った。

「やはりお前に云って置いた方がいいだろう。実はね、永井の奴変なことを云いだしたものだから、私は怒鳴りつけてやったのさ。奥様に児種がおありにならないとしますれば、敏子もどうせ生涯独身を続けると云っていますから、お側に仕えさしても……。」

「僕の妾に、というんですか。」

「まあそうだね。だから、今後永井も敏子も近づけてはいけないね。勿論敏子は何も知らないのだろう。早く云えば、永井の喰い物になってるんだね。」

彼は瀬戸の顔を眺めた。街灯の薄暗い光を受けてるその顔は、笑ってるように見えた。