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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

「伯父さん、揶揄ってるんですか。」と彼は云った。

「ははは、」と瀬戸は笑い出した。「揶揄われたと思うような心なら、まず安心だよ。然しね、兼子にそんな疑を起させないようにしなければいけない。。それが一番大切なことだ。」

「兼子は僕を信じています。」

「それはそうだろう、夫婦の間だからね。……まあ兎に角、二人で円満にあの子を可愛がるんだね。」

彼は瀬戸と別れてからも、暫く其処にぼんやり立っていた。謎をでも投げつけられたような心地がした。馬鹿々々しかった、さりとて笑えもしなかった。彼は頭を振った。俺は敏子のことは何とも思ってはしない。あの時だって真面目な心の動きはなかったのだ、そう自ら云ってみた。然し……その「然し」から先を彼は無理に頭の外へ逐いやった。

家へ帰ると、彼は兼子の顔にじっと眼を据えた。兼子は彼の方へ寄り添って来た。そして彼の手を執りながら、「あなた!」と一言云った。

これですっかりいいのだ! と彼は考えた。その晩はいつもよりなおよく眠れたような気がした。朝起きると空が綺麗に晴れていた。それを眺めていると、涙ぐましい心地になった。依子、依子! そう心にくり返すことが嬉しかった。