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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

そしてつと立ち上って、敏子の膝へ飛びついた。片手にしっかり麦桿細工の箱を持っていた。

「まあ、どうしたのです、慌てて……。」と敏子は云った。

彼は眼を外らした。咄嗟の一瞥で、眼の大きな※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)の短い子だということが、見て取られた。それが醜いもののように思われた。

兼子がはいって来た。彼女は一座をちらりと見廻して、すぐ子供の側へ寄っていった。

「こちらへいらっしゃい。抱っこしてあげましょう。ねえ、お父様も帰っていらしたでしょう。ねえ、いい児ちゃんですね。」

然し彼女が覗き込めば覗き込むほど、子供は益々深く母親の胸に顔を埋めた。

「どうしました、え? 先刻はあんなに馴れっこになってたのに……。困りますね。」と兼子は云いながら、没表情な微笑を浮べた。

彼はその方を見やった。そして、子供の上に屈みこんでる敏子の横顔を見た。皮膚のたるんでるような頬、きっとしまった厚い唇、太い首、眉の横の黒子、……凡てよく見覚えのあるものばかりだった。彼は落付いた気持ちでそれらを眺めた。兼子が来てから敏子の方を平気で眺められるようになった自分の心持ちの変化を、不思議なほどぴたりと感じた。