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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
そして少しも食慾がなかった。身体全体に力がなくて、顔色も失せていた。
彼は小児科の医者に来て貰った。三時頃、医者はやって来て診察をした。依子はどう取扱われても、少しも逆らわなかった。逆らう力がなさそうだった。
医者は診察を終えて小首を傾げながら、また長い間脉膊をみていた。病名が分らないらしかった。
「別に異状もないようですね。脉膊がただ少し……。」
彼は思い切って簡単に事情をうち明けた。依子を早く治すにはそうしなければならないような気がした。
「なるほど、」と医者は云った、「それで分りました。まあ神経衰弱とでもいうんでしょうね。別に悪い所はありませんから、そのうちには治るでしょう。」
「子供にも神経衰弱というのがありますんですか。」と彼は尋ねた。
「はははは、神経がある以上はあってもいい訳ですね。……大したことではありませんけれども、もし熱が八度を越したりしたら、また仰言って下さい、診てみますから。」
医者は型ばかりの処法を与えて帰っていった。
彼はじっと両腕を組んだ。神経衰弱というのを聞いて、他の病気だったのよりも更に恐ろしい気がした。依子の身体のためにではなく、その魂のためにであった。