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ほうえいふんか

宝永噴火

岡本 かの子

「文学界」1940(昭和15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,505 字 · 62 页

青空文庫

――それは、飯山の正受老人について正しい修道への道眼を開かれた後に、故郷の松蔭寺へ帰り、または修業に出たり、出入して十一年ほど経った彼が、三十四歳の時である。この間の修業も並大抵のものではなかったらしい証拠は、ひどい肺病と神経衰弱にかかって命も危うくなり、山城の白河の白幽道人というのから内観の秘法を授かってやっと助かったり、美濃の岩滝の山中に入り一日半掌の米を食として幻覚の魑魅魍魎と闘ったり、心理的に幾つも超越の心階を踏み経たことは大悟小悟その数を知らずと後に自身の述懐に就て言っているくらいである。尋ぬべき名師は大概尋ね尽し、探るべき心疑も殆ど底を傾けたらしい。私は彼が泉州信田の蔭涼寺で坐禅究明したある暁、詠み出た歌に心ひかれる。

きかせばや信田の森のふる寺の

小夜ふけがたの雪のひゞきを

斯くて三十四歳の時は、押しも押されもせぬ一廉の禅師になり、亡師のあとを継いで松蔭寺の住職となり、まだ破れ寺ではあるが、そこに蟠※してぽつぽつ集って来た雲水に向って教育をはじめた頃である。

彼がふと寺の縁に立つと、あの富士と自分と融け合う三昧が現前したのである。もう、そのときは彼には、こんなことは珍らしくもうれしくもなかった、邪道でもあることさえ判っていた。