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いえ

家

島崎 藤村

02 (下)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 141,411 字 · 285 页

青空文庫

「世間の評判では、僕は細君の尻に敷かれてるそうだ」

こう正太は当てつけがましいことを言って、三吉やお倉の方を見ながら笑った。豊世は俯向いて、萎れた。

お倉は娘の棺の方へ燈明の油を見に行った。復た皆なの方へ戻って来て、

「正太さんの所でも御越しに成ったそうですネ」

「ええ」と正太は受けて、「叔母さんも御淋しく成りましたろうから、ちと御話に被入って下さい。今度は三吉叔父さんと同じ川の並びへ移りました」

「三吉叔父さんは一度被入って下さいました」と豊世がお倉に言った。

「今度の家は好いよ」と三吉は正太を見て、「第一、川の眺望が好い」

「延ちゃんも姉さんと一緒に遊びにお出」と正太は娘達の方を振向いた。

土器の燈明は、小泉を継がせる筈のお鶴の為に、最後の一点の火のように燃った。お倉は、この名残の住居で、郷里の方にある家の旧い話を始めた。弟、娘、甥、姪などの視線は、過去った記憶を生命としているような不幸な婦の方へ集った。

お倉はよく覚えていた。家を堅くしたと言われる祖父が先代から身上を受取る時には、銭箱に百文と、米蔵に二俵の貯えしか無かった。味噌蔵も空であった。これでどうして遣って行かれると祖父祖母が顔を見合せた時に、折よく大名が通りかかって、一夜に大勢の客をして、それから復た取り付いた。