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いえ

家

島崎 藤村

02 (下)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 141,411 字 · 285 页

青空文庫

私語く声、軽く笑う声が、そこにも、ここにも起った。知らない男や女は幾群となく皆なの側を通過ぎた。

仕掛花火も終った頃、三吉は正太と連立って、もう一遍橋の畔まで出て見た。提灯や万燈を点けて帰って行く舟を見ると、中には兜町方面の店印をも数えることが出来る。急に正太は意気の銷沈を感じた。叔父と一緒に引返した。

遅く成ったので、花火を見に来た娘達は分れて泊ることに成った。お俊とお絹は正太夫婦に連れられて行った。三吉の家には、お延、お幾が残った。

町中の夏の夜。郊外では四月五月も釣る蚊帳が、ここでは二十日か、三十日位しか要らない。でも、毎年のように蚊が増えた。その晩も皆な蚊帳の内へ入った。

ふと、三吉が眼を覚ました頃は、家のものは寝静まっていた。蚊の声がウルサく耳について、しばらく彼は眠られなかった。枕頭の方では、乳臭い子供の香をたずねると見え、幾羽となく集って来ていた。蚊帳の内にも飛んでいた。三吉は床を離れた。蝋燭とマッチを探って来て、火を点した。妻子はいずれもよく寝ていた。緑色の麻蚊帳が明るく映っても、目を覚まして声を掛けるものは無かった。

「種ちゃんはあんなところへ行って、転がってる――仕様が無いナア、皆な寝相が悪くて」