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いえ
家
島崎 藤村
01 (上)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页
「彼が修業に出た時分は、旦那さんも私もやはり東京に居た頃で、丁度一年ばかり一緒に暮したが……あの頃は、お前、まだ彼が鼻洟を垂らしていたよ。どうだい、それがあんな男に成って訪ねて来た――えらいもんじゃないか」
お春は団扇で蠅を追いながら、皆なの顔を見比べて、娘らしく笑った。
旧からの習慣として、あだかも茶席へでも行ったように、主人から奉公人まで自分々々の膳の上の仕末をした。食べ終ったものから順に茶碗や箸を拭いて、布巾をその上に掩せて、それから席を離れた。
この橋本の家は街道に近い町はずれの岡の上にあった。昼飯の後、中学生の直樹は谷の向側にある親戚を訪ねようとして、勾配の急な崖について、折れ曲った石段を降りて行った。
三吉は姉のお種に連れられて、めずらしそうに家の内部を見て廻った。
「三吉、ここへ来て見よや。これは私がお嫁に来る時に出来た部屋だ」
こう言ってお種が案内したは、奥座敷の横に建増した納戸で、箪笥だの、鏡台だの、その他種々な道具が置並べてある。襖には、亡くなった橋本の老祖母さんの里方の縁続きにあたる歌人の短冊などが張付けてある。
「私が橋本へ来るに就いて、髪を結う部屋が無くては都合が悪かろうと言って、ここの老祖母さんが心配して造って下すった――老祖母さんはナカナカ届いた人でしたからね」