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いえ
家
島崎 藤村
01 (上)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页
こう言って、自分の書いた歌を弟に読み聞かせた。三吉は、この兄の歌そのものより、箸も持てないような手で筆を持添えて、それを口に銜えて、ぶるぶる震えてまでも猶腹の中にあることを言表わそうとしたその労苦を思いやった。廃残の生涯とは言いながら、何か為ずには宗蔵もいられなかった。彼は病人に似合わない精力を有っていた。手足は最早枯れかかって来ても、胴のあたりは大木の幹のように強かった。病気しても人一倍食うという宗蔵の憂愁を遣るものは、僅かにこの和歌である。読み聞かせているうちに、痛憤とも、悔悟とも、冷笑とも、名の付けようの無い光を帯びた彼の眼から――ワンと口を開いたような大きな眼から、絶間もなく涙が流れて来た。
「つくづく君の留守に考えたよ」と宗蔵は手拭を取出して、汗でも出たように顔中拭廻した。「今年の夏ほど僕も種々なことを思ったことはないよ。アア」
「そんなに苦しかったんですかネ」と三吉も宗蔵の顔を眺めた。「木曾に居ても随分暑い日は有りました――東京から見ると朝晩は大変な相違でしたが」
「いや、暑いにも何にも。加に風通しは悪いと来てる。僕なぞはあの窓のところに横に成ってサ、こう熟と身体を動かさずにいたこともあった。