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いえ

家

島崎 藤村

01 (上)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页

青空文庫

ある時は死んでも足りないと思われる程、心の暗い時すらあった。僅かに夜が明けたかと思う頃は、辛酸を共にした母が亡くなった。彼には考えなければ成らないことが多かった。

大島先生から話のあった人は、六七年前、丁度十五位の娘の時のことを三吉も幾分か知っており、嫂は又、その頃房州の方で一夏一緒に居たことも有って、大凡気心は分っていたが、なにしろ三吉のような貧しい思をして来た人ではなかった。彼は負債も無いかわりに、財産も無い。再三彼は辞退してみた。しかし大島先生の方では、一書生に娘を嫁かせようという先方の親の量見をも能く知っているとのことで、「万事俺が引受けた」と実はまた呑込顔でいる。こんな訳で、三吉はこの縁談を兄に一任した。

「お雪さんなら、必と好かろうと思いますよ」とお倉もそこへ来て、大島先生から話のあった人の名を言って、この縁談に賛成の意を表した。

「なにしろ、大島先生の話では、先方の父親さんが可愛がってる娘だそうだ」と実も言った。「俺はまあ見ないから知らんが、父親さんに気に入る位なら必ず好かろう」

「私は能く知ってる」とお倉は引取て、

「脚気で房州の方へ行きました時に、あの娘と、それからもう一人同年齢位な娘と、学校の先生に連れられて来ていまして一月程一緒に居ましたもの――尤もあの頃は年もいかないし、御友達と一緒に貝