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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

娘の神が神としていちばん大事な修業をする間、少しでも娘の気を散らさないよう、爪の垢ほどの穢れを持来さしめぬよう心懸けて呉れるのがほんとの親子の情だといった。

山の祖神は、山の裾野へさしかかって四日目にもう一日歩いて、たそがれ、かがり火を認めてたずね寄ったのではあったが――

東の国のまだ見ぬ山へ、神として住みつきもやすると思い捨てた覚悟のもとに旅人に托けて送った末の娘が、思い設けたより巨岳の山の女神となって生い立ちなりわいつつあるのに、山の祖神は首尾よくめぐり会ったには違いないが――

その夕は相憎とこの麓の里で新粟を初めて嘗むる祭の日であり、娘の神の館は祭の幄舎に宛てられていた。この祭には諱忌のあるものは配偶さえ戸外へ避けしめる例であった。生みの親の、その肉親の纏白の情は、殊に老後の思い出に遥々たずね当った稀なる歓びは心情の捻纏を一層に煩わしくしよう。娘の神は父の老翁に、こういう慮りから、宿は村里の誰かの家へ取ってあげますから、祭の今夜一夜だけは自分の家をば遠慮して欲しいと頼んだのであった。

翁のふる郷の西国の山々にも新粟を初めて嘗むる祭はあった。