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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
「猪が仔猪をつれて来て相撲って遊ぶところです」
赤土は何度か猪の蹄に蹴鋤かれたらしく、綿のように柔かに、ほかほか暖そうであった。
「なるほど、この辺は人里離れて、猪の遊ぶのに持って来いだ」
翁はそういって、傍の保与(寄生木)のついている山松を見上げた。その日は何心なくそれで過ぎた。
岳神の父親が滞在すると聞き付けて、配下の土民たちはところところの産物を父の祖神に差上げて呉れと持って来た。
加波山で猟れた鹿らしく鹿島の猟で採れた鰒、新治の野で猟れた、鴫、那珂の川でとれたという、蜆貝。中にははるばる西北の山奥でとれたのをまた貰いに貰って来たといって、牟射佐妣という鳥だか、獣だか判らないものをお珍らしかろうと贈りに来た。老衰を防ぐにはこれが第一だといって武奈岐を持って来て呉れるものもある。
夜の奥の綾むしろは暖く、結燈台の油坏に油はなみなみとしている。
翁は衣食住の幸福ということも考えないではいられなかった。
それで常陸風土記によると一応はこうも事祝いでやった、
「人民集賀、飲食富豊、代々無レ絶、日々弥栄、千秋万歳、遊楽不窮」と。
しぐれ降る頃には、裳羽服の津の上で少女男が往き集う歌垣が催された。