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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

男列も、女列も、青褶の衣をつけ、紅の長紐を垂れて歌いつ舞った。歌の終り目毎に袖を挙げて振った。それは翁の心に僅かに残っている若やぐものに触れた。

岳神の妻は、笑って冗談のようにして、

「この中に、もし、お気に入りの娘でも見当りましたら、お身のまわりのお世話に侍かせましょう」

といって呉れた。

しかし翁は寂しかった。

ある日、土民の一人が瓜わらべを拾って持って来て呉れた。それは猪の仔で、生れて六七月になる。筒形をしていて柔かい生毛の背筋に瓜のような竪縞が入っていた。それで瓜わらべと呼び慣わされていた。

「これはよいものを貰った。肉は親の猪より軟かでうまいものです」

息子の岳神はそういって、父の祖神に食べさすように妻に命じた。

翁は、ういういしく不器用な形の獣の仔を見ると、何か心の喘ぎが止まるような気がした。とても殺して食べさせて貰う気なぞ出なかった。

「ちょっと待って呉れ。これはそのままでわしが貰おう」

翁は、瓜わらべを抱えて戸外へ出た。瓜わらべはくねくね可憐な鳴声を立てて鼻面を翁の胸にこすりつけた。翁は何となく涙ぐんだ。

翁は螺の腹にえび蔓の背をした形で、瓜わらべを抱え、いつの間にか、いつぞや、息子の岳神に教えられた山ふところの猪の相撲場に来ていた。