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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

すでに傷き片息になっている毛もののこととて、くまもなく四股をくいくいと伸して息絶えた。なべてものの死というものの、何かおかしみがありながら頭を下げずにはいられない神秘を女は見透した。

「なんて、可哀相なことをなさるの」

女は務めのようにそういった。

男は、夢中で狂気染みた沙汰を醒めて冷く指摘されたように、口銜り、みると額に冷汗までかいている。「この大根、嫁かずであれ、――今に」そういうかと思うと、たちまち、男はまた、不器用にも俊敏に去った。

女は、何となく本意なく、富士の高嶺を見上げた。その姿は、いま眼のまえに横っている小雄鹿の死と同じ静謐さをもって、聳えて揺り据っている。今日も鳥が渡っている。

男はそのかみ、神武御東征のとき、偽者土蜘蛛と呼ばれ、来目の子等によって征服されて帰順した、一党の裔であった。その祖先は天富命が斎部の諸氏を従え、沃壌地を求き、遥に、東国の安房の地に拓務を図ったのに、加えられて、東国に来り住んだ。種族の血を享けてか、情熱と肉体の逞しさだけあって、智慧は足りない方だった。彼は強いままに当時の上司の命を受けて、東国の界隈の土蜘蛛の残りの裔を討伐に向った。